Alchimist は11年間の種牡馬生活で合計179頭の産駒を送り出している。そのなかで、牝馬の代表馬が Schwarzgold(ドイツ・ダービー、ドイツ・オークス)だとすれば、牡馬のそれは文句なくビルカーン Birkhahn だろう。

 Birkhahn は終戦の年の1945年に生まれ、通算22戦16勝(2着2回)の成績を残した。東ドイツの厩舎に所属したが、西ドイツにも遠征し、ドイツ・ダービーに優勝している。種牡馬入りし、1951年から1959年までは東、1960年から1965年(死亡)までは西で供用され、東で5回、西で4回チャンピオンに輝いている。
 Birkhahn の母ブラマウス Bramouse はフランスのモーリス・ド・ロスチャイルド氏が生産し、1940年にドイツにやって来た。1940年といえばドイツ軍の侵攻によりパリが陥落し、北部および中部フランスがヒトラーの手に落ちた年である。確かな事情は分からないが、ユダヤ人のロスチャイルド氏から「賠償」という名目でナチスが取り上げ、強引にドイツに連れて行ったのかもしれない。マルセル・ブサックのファリス Pharis をはじめ、当時のフランスのサラブレッドにはこうした運命をたどったものが少なくなかった。
 Bramouse はフランス産馬だが、母系のイギリス血統からはメリハリのある「速さ」や「切れ」といったものを感じる。その母ペリグリン Peregrine は、サンスター Sunstar の肌に快速 Phalaris という配合で、サンファン Sainfoin=シエラ Sierra 3×4の全兄妹クロスを持っている。Sainfoin はエプソム・ダービー馬で、Sierra はサンドリッジ Sundridge を含め3頭のスプリンターを送り出した名繁殖牝馬。この全兄妹クロスには絶大な威力があり、フェアトライル Fair Trial など数多くの名馬を生み出している。
 Birkhahn は東ドイツでの種牡馬生活が長かったこともあって、結局、ドイツ・ダービー馬の父にはなれなかったが、大物マイラーの Priamos を出している。

 Priamos は2〜6歳時、西ドイツ、フランス、ベルギーで27戦14勝。ツークンフツ・レネン(芝1400m)を逃げ切ってドイツ2歳チャンピオンに輝いたが、怪我のため3歳クラシックを棒に振る。4歳時に復活を果たし、その後は地道に勝ち星を積み重ね、6歳時にフランス遠征をするまでに出世する。ドラール賞(芝1950m)を人気薄でハナ差勝ちしたときにはフロック視されたが、その後、ドーヴィルのジャック・ル・マロワ賞(芝1600m)を堂々と差し切って優勝。イギリスやフランスの強豪を抑え、見事この年の全欧チャンピオン・マイラーに選出されている。
 超一流のマイラーとして成功した Priamos の能力は、快速 Phalaris の4×5・5というラインブリードが Birkhahn の潜在的なスピードを引き出した結果ではないかと考えられる。
 Priamos は種牡馬としても期待どおりの成功を収め、1980年と1982年の2回、西ドイツのチャンピオン・サイアーとなっている。代表産駒はドイツ・ダービーを含めGレースを4勝したスタイヴァザント。同馬はオランダを経て日本に入り、新潟記念を快勝したブラウンビートルを出した。
 Birkhahn は優れた繁殖牝馬を多数送り出したが、なかでも1965年生まれの2頭は、その産駒がイギリスのクラシック・レースを制しており、能力的に際立っている。
 名門 Schwarzgold 牝系に属す Sayonara は、ドイツ・オークスで2着に入った名競走馬で、前述のとおりエプソム・ダービー馬 Slip Anchor の母として知られている。
 もう1頭のノヴァラ Novara は、2歳時に5戦4勝(2着1回)の成績を残し、西ドイツのオフィシャル2歳レイティングでは牡馬を含めて第1位の数値を得る(65kg)。3歳時はドイツ1000ギニー5着、ドイツ・オークス4着と振るわなかったが、引退後、繁殖牝馬として結果を出す。1974年に産んだ Nebbiolo は、3歳春にザミンストレル The Minstrel(この年の英・愛ダービー、キング・ジョージ6世&クイーン・エリザベスSの優勝馬)をくだして英2000ギニー(G1・芝8f)を制している。

 このように、ドイツ血統がドイツ国内だけに留まらず、もう一ランク上のイギリス、フランスに向けて踏み出したのが Alchimist−Birkhahn の血脈だった。
 Birkhahn の牡駒として Priamos に次ぐ実績を残した Literat。前述の Sayonara や Novara と同じく1965年に生まれている。

 Literat は2歳時から頭角を現し、1967年の西ドイツ2歳オフィシャル・レイティングでは牝馬 Novara に次いで第2位、牡馬では第1位にランクされた。翌年の3歳クラシック戦線はこの馬を中心に展開し、ドイツ2000ギニー(芝1600m)、ウニオーン・レネン(芝2200m)を連勝、No.1の地位を不動のものにするが、一本かぶりの支持を集めたドイツ・ダービー(芝2400m)はレース中の故障により5着。勝ち馬の Elviro はウニオーン・レネンで完勝していた相手だけに惜しまれる結果だった。
 Literat の配合で特徴的なのは、伝統的なドイツ血統を豊富に受け継いでいるということ。母リス Lis はドイツ1000ギニー、ドイツ・オークスを連覇した名牝で、Arjaman植diti 3×4のクロスを持つ。父系の Alchimist が加わったことにより、Literat 自身の血脈中には“Arjaman植diti植lchimist のトライアングル”が完成している。